
オオカミは淫らな仔羊に欲情する
第29章 心が悲鳴をあげても
日向に抱きかかえられたまま、
日向の医務室へ行った絢音は、
気付け薬代わりにと日向が作ってよこした、
ブランデー入の紅茶を飲んでようやく
本来の落ち着きを取り戻した。
「……あの日、初めて神宮寺さんに絡まれた時、
利沙がいなかったら激情に駆られて私、彼女の事
殴っていたと思う……あの時、西嶋女史が
入って来なかったら私……」
「今更過ぎた事をどう悩んだところでどうにかなる
もんでもなかろう?
とりあえず今は何も考えずゆっくり眠れ」
「でもヒデさん……」
「それ以上何かしゃべってみろ、
てめぇの口ガムテープで塞ぐぞ」
絢音は座っていた日向のベッドへそのまま横たわり
日向は片隅のソファーへ横になった。
「センセ?」
日向はうんざりとした表情を絢音はへ向けた。
「今度は何だよぉ~」
「お休みなさい」
「あ ―― そっか……お休み」
誰だって好きこのんで人を傷付けたり
殺したりはしない。
絢音だって、出来る事ならあの時
傷ついた友・ジェイクを助けたかった。
けど、
『――無様な死に様だけは晒したくねぇ』
って、ジェイクの言葉にあがらう事が出来ず、
かけがえのない友達であるジェイクを殺した事は
紛れもない事実。
私は人殺し……
病院からやっと退院が許可されて、
警察の人の監視付きではあったけどジェイクの
密葬にも参列する事が出来た。
『きっとあの子は今頃天国で気ままに
暮らしてますよ。そして、あなたの事もずっと
見守っていることでしょう。どうか、あの子を
撃ってしまったという事だけには、引きずられ
ないで下さい』
と、言ってくれたジェイクのお母さんの言葉。
その言葉の通りジェイクは天国へ行けたのだという
安心感。
けれども、度重なる嫌がらせによって絢音の
心の中の傷口は再び大きく開きズキズキと疼いた。
激しい心の痛みからはどうしたって逃れられない。
人殺し、人殺し、人殺し…………
その言葉が、何度も頭の中で響き渡る。
