
愛すると言う事…
第9章 《distrust》
翔「……智。……そろそろ帰るか」
事務所でフロアを眺めてた背後。
本事務所から戻った翔さんがそう声を掛けてきた。
振り向くと、柔らかく微笑む翔さん。
フロアは閉店後の片付けで従業員たちが動き回ってて。
斗「智くん、ここはもう大丈夫だよ?」
アフターに出てる面子を把握してた俺から、名簿を取り上げたのはマネージャー。
光一さんが独立したと言うのに、マネージャーは付いては行かずにここに残った。
『別に普段は一緒に居られるからね♪』と、笑って言ってたのはつい最近だ。
確かに。
言われてみれば、一緒に暮らしてるらしいから、店が別になろうと構わないのかもしれない。
立ち上がり『…すいません』と頭を下げ翔さんと共に事務所を後にした。
左の腕と足に力の入らない俺。
それでも翔さんはこんな俺の傍に居てくれる。
俺自身、どんな体だろうと傍に居て笑ってくれるなら、二度と離れる事はしないと決めたし、人から振り向かれても気にならない。
きっと翔さんが居るからだと、思う。
翔「健人は、どんな感じだ?」
マンションまでを歩いて帰るのも、未だに変わらない俺をちょっとだけ翔さんは心配してる。
だから時々車で出勤する事があるんだけど。
俺としては、歩きたい。
だから今日も『車で…』って言い掛けた翔さんを遮って、歩いて来た。
智「…………まぁ、そこそこ?」
翔「あんまり侑李と上手くいってないって?」
智「……かな?」
翔「問題なさそうか?」
智「…………今は」
こんな風に、聞かれた事をポツポツとしか返さなくても、翔さんは苛ついたりせず『そうか』って笑う。
翔さんのお陰でかなり人との関わりに慣れては来てるけど、やっぱり会話するって事がまだまだ慣れず上手く返せないでいる。
時々…
本当に極たまに、ムカつかないんだろうかと思う事もある。
だけど翔さんを見てると、そんな風に見えないから、ムカつきはしないんだろう。
まぁ翔さん自体、慌てたり焦ったりする事が少ないからなのかもしれないけど。
翔「……どした?」
智「…………何が」
翔「何か楽しそうだな?」
智「………」
翔「そんなに歩きたいか(笑)」
…鈍感にも程がある。
まぁ気付かないなら、それはそれでいい。
いや、もしかしたら気付いてて、わざと…
どっちでもいいか、翔さんが笑ってるから。
