コケティッシュ・ドール
第1章 気になる隣人
古びたアパートのドアノブを回し外に出ると、ちょうど隣の部屋のドアも開いた。
出てきたのは、日に焼け、無精髭を生やした男性だった。
確か広田といった。相手に威圧感を覚えさせる大きな肩や、作業着を着ていてもわかる筋肉質な身体が――怖い。
あの太い腕で殴られたら、なんて考えただけですくみ上がってしまう。
どうしよう、忘れ物をしたふりをして部屋に戻ろうか。
「…おはようございます」
いきなり声をかけられたので、思わずビクッとしてしまった。
「あ、おはよう、ございます…」
彼――広田さんは立ったままだ。
私はバッグの中を漁り、探し物をするふりをした。
「あれ?携帯…」
聞こえるか聞こえないかぐらいの声で呟き、急いで部屋に入った。
ああいう人は苦手だ。
十分程経ってから部屋を出た。
さすがにもういないだろう。
鍵をかけ、駆け足で階段を下りる。
職場である図書館はここから徒歩十分程だし、今からゆっくり歩いて行っても遅刻する時間ではないが、早くここを離れたかった。
ひっ。
私は小さく悲鳴を漏らした。
広田さんが階段の陰に立っていたのだ。
彼はゆっくりとこちらを向いた。