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甘く、苦く

第89章 翔潤【純粋に】


思ったよりも寒くなかった。

けれど、隣の翔さんは寒そうに
白い息をずっと吐いている。

行き場を失っている翔さんの手に触れた。

俺の方を見たのはわかった。

だけど、敢えて目を合わせなかった。


「寒いね」

「うん」


高架下まで歩いてきて、
手を離した。

高架下は静かだった。

夜の隙間に、
静けさが刺さってくるようだった。

なんで、こういうときに限って
電車が走らないんだ。

そう願っても、朝まで電車は走らない。

無言を貫こうと思っていた。

何も言わずに、ただ、
夜の闇に隠されたかった。

でも、その沈黙を破ったのは、
俺からだった。


「ねえ」

「…うん?」


寒そうに身を縮こませて、
俺の隣にピッタリとくっつく翔さん。


「来週、行きたいところある?」


また、沈黙が訪れた。

今度は、俺から破ることは無かった。


「ねえ、潤、帰ろうか」


答えのならない答えを返されて、
俺はただ頷くことしかできなかった。

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