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ネムリヒメ.

第26章 夜明け.





だけどただ、一瞬だけ……


渚くんが床に崩れたアタシを引き上げた際に、彼の唇が耳元に触れて…


"───大丈夫だ…"


って…

たったひとことだけ…


そんな優しい声も聞こえた気がするけれど、それは空耳だったのかな……


でももうアタシには

それを確認する術はなにもなくて…


気がつけば目の前で、床に崩れるアタシの腕を掴んだ渚くんと、葵くんを押さえ込んだ郁さんが間合いを詰めて間近で対峙していた


「……これで満足だろ、郁」

「さすが渚だねぇ…優秀優秀。ちゃーんと話がわかってる」

「…フン、…」


そんなすぐ頭上でのやりとりもアタシの耳にはどこか遠いところでの出来事のように何かが聞こえてくるだけだった

ただ腕を掴む渚くんの手の感覚だけがやけにリアルで、もし本当にこの手を離されてしまうのならいっそ消えてしまいたいと思う…










………と、








「………なんてふざけたこと、オレが言うとでも思ったか?」




…───!!





「ッっ…!!」





不意にそんな渚くんの低い笑い声が聞こえてその場で顔をあげた刹那、目の前を強烈な真っ黒い何が覆いつくす

そしてその向こう側へ郁さんが思い切り弾き飛ばされていくのが目に映って、


それを目の当たりに呆然とするアタシの傍らには…


「なぁ、郁…テメェはどの面下げて誰にモノ言ってんの…」


アタシの手を離さず含み笑いもそこそこに、この世の終焉のようなオーラを全開に纏って静かにたたずむ魔王の姿がある




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