
青い桜は何を願う
第2章 出逢いは突然のハプニング
このはの芝居がかった口調から察するに、演劇部も活動を始めたのだろう。
このはとかけ合っているのは、銀月流衣(ぎんつきるい)だ。
流衣はさくらより二学年上で、男女問わず、学園中の生徒達から高い人気を博している。いわゆる学園のアイドルだ。
可憐な鈴を鳴らしたような、道端に咲く小さな花に囁くそよ風のような、頼りなげでいて芯がある。
さくらは、このはのそんな声に聞き入っていると、脳裏にその姿がはっきり映る。
このはの肌は、白磁のようにきめ細やかで、いつでも二つに結われた金色の髪は、さしずめ月の色を彷彿とする。あどけない顔立ちを引き立てる、綺麗な黒曜石の双眸は、ビスクドールの硝子の眸も色褪せる。そしてパステルカラーの小花やシフォンの洋服が、可憐な容姿によく似合っていた。
さくらは時たま、校舎の廊下で、このはとすれ違いざまに目が合う。そんな時、このははさくらににこりと微笑んでくれるのだ。
家庭科室と、演劇部が通常稽古場に使用している教室は、目と鼻の先だ。
演劇部では、通し稽古の他に、何手かに分かれて行う部分稽古というものがあるらしい。その部分稽古で、このはは大抵、廊下組になるようだった。
その廊下というのが、家庭科室にとても近いところに位置している。だから、今みたいに、さくらの耳にふっとあの可憐な妖精の囁きが触れることが度々あるのだ。
春休み、さくらがこうして有志で部活に参加しているのは、そんな特権が得られるからだ。
このはと流衣とのかけ合いが、ひと段落着いたらしい。
さくらは扉の向こうが静まると、作業を再開した。
このはの声を聞いた後は、いつも作業が捗る。
集中していたものだから、家庭科室の出入り口の扉が勢い良く開いた音に、さくらは気が付かなかった。
「追試終わったぁあ!卒業生に追試を受けさせるなんて、横暴にも程があるわよね。落第点ならレポート書けっていう話だし。ま、これであたしも自由の身だわ。ついでにそこの踊り場で弦祇先輩発見っ。銀月先輩相変わらず格好良かったなー、さくさく弦祇先輩取られちゃうわよー?」
常軌を逸したハイテンションで、家庭科室に飛び込んできたのは、麻羽まりあ(あさばまりあ)だ。さくらと同じ手芸部員で、同級生だ。
