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青い桜は何を願う

第8章 懺悔は桜風にさらわれて



「そんな……」

 流衣は、総身が氷桜の不快感とは別物の寒気に侵されてゆくのに戦いていた。

 デラが紛争の犠牲になったのは、つまり氷華に囚われのは、十歳にも満たなかった年端の頃だ。
 尋問に対する答えを持ち合わせていなかった。デラは、氷華の宮廷の仄暗い廃屋に繋がれて、睡眠も十分に与えられないで、昼も夜も兵士達に虐げられていたという。

 ユリアがデラに聞かされた話だ。実際、デラの裸体をじかに見たのはそれから十年経った後だったが、士官にしてはたおやかだったそれは、むごたらしい傷痕が蔓延っていた。

「うぅぅ……ぐすっ……ひく……」

「デラは、君に感謝していた。いつも、……殺されそうになったところを救ってもらった。だから、リーシェを守るって。いや、あの子を……心から愛したからって」

「うっ、あぁああああっ……」

 妃影が床に突っ伏して、嗚咽を上げ出す。

 分かっているのだ。あの悲劇は誰にも止められようがなかった。

 ただ、デラはリーシェを愛していた。ユリアはデラを愛していた。

 あの地獄の数週間の末、デラを救い出したのは、この王妃だったという。それからデラは、リーシェ付きの護衛になった。

 ユリアのデラとの最後の記憶は、氷華の牢獄だ。人知れず逢っていたことが明るみに出て、デラは密通を疑われた。ユリアは反国民の罪に問われた。二人して半ば陥れられるかたちで終身刑を言い渡されて、塔の廃墟に入れられたのだ。

 妃影の話が事実なら、このはは、やはり初めから覚えていたのだ。

 ユリアとデラを結んでいたものは、愛か。それとも同じ血を求め合っていた、もっと発作的な何かか。
 ただ、二人、一つだけ恋人ごっこに相応しいような空想を、遠い来世に描いたことがあった。

 あの塔が何者かに放火されたのは早朝だった。助けを呼べる望みはなかった。
 ユリアはデラと、じきに自分達の生命の火を消し去るのだろう焔に迫られながら、貪らんばかりに一つに繋がった。赤熱の痛苦を逃れんがための手段でしかなかったのかも知れない。

 それでもあの時、ユリアは、デラを愛していた。

「…………」

 流衣は、妃影の震える頭をそっと撫でた。

「くっ……うっ、ぅぅ……」

「このはは、一度も氷華を裏切っていない。最後までリーシェを想ってた。……このはには、何も言わないでくれ」

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