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花は月明かりに濡れて~四つの恋の花~

第13章 山茶花~さざんか~ 其の参  

 所々塗りの剥げたそれは、十二年前に千汐が那須屋のお嬢さまであった頃、使っていたものだ。当時は新品で牡丹につがいの蝶が飛ぶ蒔絵が施され、小さいけれど瀟洒な逸品だった。父が一人娘のために特別に名のある職人にあつらえさせたもので、売り払えば幾らかの足しにはなったのかもしれないが、これだけは父の形見としてずっと手許に置いておいた。
 流石に今は、質屋に持っていったとしても、二束三文にしかならないだろうけれど。

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