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変人を好きになりました

第9章 たまご粥


 もう、引き際か。


「分かりました。黒滝さん、お幸せに」

 湯気の立つ琥珀色の液体に一口も口をつけずに私は踵を返した。
 お望み通り、いち早く視界から消えてあげる。

 黒滝さんに背を向けた瞬間に、背後から大きなぬくもりが私を包んだ。
 身体が思わず強張る。

「違うんだ……。古都さんの顔を見て、姿をまじまじと見てしまうとどうしても僕は推理してしまう。知りたくない情報まで知ってしまうことになる。古都さんの口から出た言葉よりも観察して得た情報のほうが僕には怖い」
「なんですか。それ」

 脳みそがぐるんぐるんと音を立てて回る。
 私が黒滝さんを想っていることを推理してしまうのが嫌なの?
 それとも、空良くんとのことを知りたくないの?

「古城に潜り込んでからも、僕は君の姿を直視しないようにしていた。どうしてだろう。僕は君が空良を愛しているという事実を認めたくないみたいなんだ」
 私の胸の前で固く結ばれた黒滝さんの腕に力が入った。
 黒滝さんに抱きしめられる日が来るなんて、つい最近までの私は思ってもいなかった。

 まゆで、夢のようだ。 

 ただ、私たちの想いは互いに行き違っていることを除けば。

「黒滝さん、私……」
「黙ってくれ。こうやってる時だって、僕は君が風邪を引いた空良のために卵粥を作ろうとしてることを知ってしまってるんだ。目の下に薄ら隈があるってことは看病をしていたんだろう。平常心でいられなくなる。どうしていいか分からないんだ……。君を直視してしまうと、自分が何をしてしまうのか分からない」

 私は耳を疑った。
 それってつまり私のことを意識してくれてるってことなんじゃないのか、と。

「予想外だ。推測できないことがあるなんて知らなかった」
 私が口を挟む余裕を感じさせずに、ひとりで喋る黒滝さん。
 意味が分からない。
 恋人がいて婚約までしているのに私を抱きしめてこんなことを言う黒滝さん。 
 やっぱり意味が分からない。
 聞きたいことがたくさんありすぎてどうしていいか分からなくなると、自分の想いを伝えればいいんだという答えに行きついた。

 好き、と言うだけで何か変わるなら……。

 そこまで考えた時に、ロンドンの薄暗いカフェで勢いよく立ち上がって多くの人目も気にせずにガッツポーズをした満面の笑みの空良くんが目の前に浮かび上がった。

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