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変人を好きになりました

第1章 卵焼き

 彼の姿が見えなくなって扉がしまると私は持ってきた盆を抱えた。
 部屋を改めて見渡す。


 片付けたい……けれど、それは黒滝さんが許してくれないだろう。


 彼はひとつの依頼が片付くまで部屋の物を一切動かすことも、卵焼き以外の食べ物を口に運ぶこともしない。
 食事をする時間も惜しいらしく、さらに物を自分の手に届きやすいように配置しているから他の誰かが触ることも許さないのだ。

 そんな彼は世界でトップと謳われる大学を主席で卒業した後に政府の希望もあって国の研究所に勤めていたらしいが、あの独特の性格が原因で研究所から出て、こうして自分の部屋で仕事をしている。
 追い出されたときに、部屋を探していた黒滝さんが見つけたのがこの家だった。
 古いながらにしっかり手入れをしているここは私の家でもあり、貸部屋でもあった。
 もう今は亡き父の代から私が受け継ぎ、4部屋しかないながらに細々とした賃貸料で生活をしていた。
 本人曰く、自分から研究所を出たらしいが、私が推測するに遠回しに追い出されたのだろうと思う。
 率直な物言いと相手のことを考えない彼の発言は誰しも驚く。ずば抜けた頭脳と洞察力、観察力を持っているにしてもそれを覆い隠すことなく痛い所をずばずば言われてしまえば憎く思う人間も多く出てくるわけで。
 黒滝さん自身が人間嫌いらしかったのも原因のひとつだろう。

 というか、人のことを思いやる心が少しでも彼にあれば初対面のカップルに『もう一人の彼女は一緒じゃないんですか? 長い金髪の彼女のほうですよ』なんて男の人の方に向かって言うはずがないだろう。黒滝さんのせいでこの部屋の入居者が彼以外現れなくなった。
 性格だけどうにかすれば完璧な人間なのに。



 そんなことを思いながら私は散らかった部屋を後にした。

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